あたりまえだと思わないようにする。あたりまえだからこそ感謝する

「これ当然」「これあたりまえ」と意識、無意識にかかわらず思ってしまうことがあります。あたりまえの環境にいると、感謝センサーが鈍くなってしまいます。
どきどき、感謝センサーをオンにしましょう。

*沖縄の人にはあたりまえの「さんぴん茶」

部活動サポートの時、はじめに言う言葉

新しいチームや、部活動をサポートするときに必ずはじめに言う言葉があります。

 

「トレーニングをサポートしてもらえる環境に感謝しましょう」

と。
これはもちろん私に対して言っているのではなく、学校、監督や部長、保護者の方に対して感謝しようということです。

もしかすると、高校生や選手の中にはキツイことをさせられる、大きなお世話だと思っていると思っている人がいるかもしれません。
それも当然です。キツイことをするのですから。

しかし、卒業したり、他の高校や他の選手と比べたりすると、これがいかに特別だったかがわかります。
あたりまえが、当たり前でなかったことに気がつくのです。

最近、TV等でチームのスローガンを「地域や保護者に感謝」
などと掲げているのをよく目にします。
どういった意図か詳しくはわかりませんが、言葉どおりならば
「応援してくれる方々へ感謝」ということでしょうか。

ブームではありますがいい言葉です。

話を戻します。
トレーニングのサポートをしてもらえるのは特別なことです。
プロでも満足にサポートされない環境なのに、地方のイチ高校、イチ部活動がサポートされるのはあたりまえではないのです。

監督やコーチは勉強熱心です。常に競技のことを勉強しています。
私の知っている監督は、自宅に置ききれない本の一部を、部室の一角に大量においてあります。
技術の本はもちろん、栄養、メンタル、チーム組織づくり、そしてトレーニングに至るまでです。

誤解を恐れず言うと、トレーニングサポートをわざわざ私にお願いしなくても
自分でやろうと思えば、でき不出来にかかわらずできるのです。
(もちろん精度を高めるために私に依頼しているのですが)

しかし、部費や保護者会、学校からの予算をやりくりしながら、生徒のためにサポートにお金を使うのです。

遠征や、道具、そのほかいろいろお金がかかります。しかし自分でもできるかもしれないトレーニングにお金を使うのですから大きな決断です。

そのことを生徒や選手に私は話すのです。
「キツイ練習だけれども、これは特別なことなんだよ」
と。

あえて言うのは、自分に対しての決意の確認でもあり、監督への感謝でもあります。

インフルエンザ予防接種

インフルエンザの予防接種をしてきました。13年ぶりに違う病院で受けました。

 

これも年中行事です。毎年この時期にインフルエンザの予防接種はあたりまえでした。
しかし、今年はあたりまえではなかったのです。
13年ぶりにわざわざ病院に受けに行ったのです。

「わざわざ病院に?」
疑問に思われるでしょうが、私にとって病院に行って受けてくるのは特別なことなのです。
なぜならこれまで、職場でうけていたからです。

私は3月末まで医療法人社団光仁会社団木島病院に勤務していました。
「これからもパイオニアとして頑張って欲しい」が私の原動力
病院職員でしたから、時期になったら用紙が配られ、問診表を記入し、指定された時間に行くと予防接種をしてくれたのです。

あたりまえの行事でした。
予防接種だけではありません。
健康診断も同じです。

また調子が悪くなれば、内科医の副院長(院長夫人)に診察してもらいました。
かぜ、体調不良の時はもちろん、時期が来れば花粉症の薬も出してもらいました。

花粉症。花粉対策メガネとマスクで乗り切った!かも。
花粉症勝利宣言(2019年シーズン)

運動しているので、ケガをした時は竹内院長(理事長)にみてもらいました。
スノーボードで大けがをした時は、多くのドクターにお世話になりました。
「無事これ名馬」そのためにトレーニングを

もちろん看護師や歯科医にもです。

感謝をしつつも、私にはあたりまえの環境だったのです。
病気やケガだけではありません。

大きな病院でしたから、総務をはじめ、事務部、薬局、レントゲン、
栄養部などみんなにお世話になるのが、あたりまえでした。

リハビリ部のスタッフはもちろん、私と一緒に「スポーツリハビリきじま」を運営していた
スタッフに手伝ってもらうこともあたりまえだったのです。

もちろん、そのときどき、感謝はしていたのですが、今になって思えば
もっと感謝すべきだったと思うのです。

院長(理事長)をはじめ、みなさんに、世話になること、手伝ってくれること、
守ってくれること(給料、社会保障、仕事など)があたりまえだったのです。

そんなことを今日の病院で思いだしたのです。

 

あたりまえは、ありがとう

「あたりまえの反対はありがとう」だと聞いたことがあります。
確かに反対言葉ですが、「あたりまえはありがとう」と思えばいいのではないのでしょうか。

部活動のサポートからインフルエンザ、最後には会社(組織)に繋がりました。
みんなに助けてもらい、居心地のいい環境からでると、
いかにこれまでいい環境にいたかがわかります。

「なくして知るありがたさ」はこのことでしょうか。
私の場合は「あえて」出たという状況なので、もちろん覚悟はしていましたが。

友人から勤めている会社のことを否定的に言うのを聞くことがあります。
愛のない文句です。
よくよく聞くとそんなにも悪い話ではありません。
あたりまえが大きくなりすぎているのです。
「少し感謝すれば変わるのに」と思ってしまいます。
決していい子のふりをしているのではありません。

しかし反対に、外から見れば異常なことをあたりまえだと思っている人もいます。
「たいへんだな、辞めればいいに」と思いますが、
友人にはあたりまえなのです。
私のあたりまえと友人のあたりまえの基準が違うのでしょう。

 

あたりまえは基準で変わります。
もしも文句がない状態、特に不満がない状態ならば、
いいあたりまえかもしれません。

高校生などがよく使う「普通」はおそらく、
いい状態のあたりまえでしょう。

 

あたりまえ、当然、普通とおもった時は
ときどき、ありがとうと感謝しましょう。

「あたりまえ」は決して「当たり前」ではないのではないでしょうか。

 

【編集後記】

30日で閉店になるカレー屋さんにランチ。
人が多くてびっくりしました。
十数年ぶりに行ったので明日の一日一回には記入します。

 

【昨日のOnce a day】一日一回新しいことを

・JALプラスJ
・那覇空港ラウンジ~華~
・Sunny Hillsクッキー(友人からのお土産)

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