器用と不器用の境目(さかいめ)は、できることにフォーカスするか、できないことにフォーカスするか。

器用だと思うのは、できることにフォーカスしているからです。不器用だと思うのは、
できないことにフォーカスしているからではないでしょうか。

*テッド・イベール(愛称:クール)

子どもの頃から不器用だと思ってきた

小学生の頃、プラモデルを上手につくる、友だちをうらやましく思っていました。

 

図工の時間、彫刻刀を使ってペンを入れる木の皿を作製しました。
先生に褒められた友だちの作品と、ガタガタになった私のペン皿を比較して、
子どもながらに落ち込みました。

「僕、不器用なんだ」と。

今でも不器用さは健在です。

自室の天井にある照明カバー。
丸型蛍光灯をプラスチックの照明カバーで覆ってあります。
カバーの内側が汚れていたので、グッと押し込んで回して外しました。

簡単に外れたので、カバーの内側を拭き、元に戻そうとしました。
しかし、なかなかハマってくれません。
グッと押して回すと、どこかで溝からずれてしまうようで、片方だけ傾いてしまうのです。

照明には、「ココを合わせて右に回す」とマークと絵が描かれています。
その通りにやってもしっかりとハマってくれないのです。
目線を合わせ作業ができれば、多少はうまくできるのでしょうが、照明は天井。
斜め上を見ながら頭の上での作業です。手の感覚だけが頼りです。

結局、20分近くかかりました。
たかだかカバーの取り付けです。自分の不器用さに情けなくなりました。

カバーは奇跡的に、はまっただけで、今からもう一度やれ、と言われても自信がありません。
すべてにおいてこんな感じです。

・ネジをつけるとき必ずネジを下に落とす
・傷バンを貼っても必ずしわができる
・糊をつけても、所どころデコボコになる
・テーピングテープをうまく手で切れない
・切ったテーピングがすぐに丸まってしまう
・納豆の中に入っている小さなからしの袋を破ると必ず爪につく

など、自分でも笑ってしまいます。

上で述べたような不器用さは小学生の時からそうでした。

夏休みの作品で、石鹸箱を組み合わせてロボットをつくりました。
それだけだと、いろいろなメーカーの石鹸箱なので色がぐちゃぐちゃになります。

まずは石鹸箱に折り紙を貼ります。
きれいに貼れればいいのですが、
ここで不器用さ爆発。
糊のついた手で貼るので、貼った折り紙自体が糊と、手垢で汚くなるのです。

小学1年生か2年生の頃の話ですが、今でも、汚い折り紙が貼ってあるロボットを覚えています。

 

「手先が」不器用だった

折り紙貼りの件から始まり、照明カバーの件のように、私は「手先が」不器用だったのです。

 

小学生の時から、図画工作や、楽器演奏は苦手でした。
中学生の多感な時期にギターを弾こうと思いましたが、最後まで人差し指ですべての弦をおさえる
「エフコード」はできませんでした。

ずっと不器用だと思っていましたし、ちょっとしたコンプレックスでしたが、子どもの成長は早いものです。
中学生になった頃には「オレ、不器用だし」と友だちに平気で言えるようになっていました。
それを言うことでテレを隠せるようになったのです。

ある球技大会の話。
小学生のころからプラモデル作りが上手で、図画工作の得意な友だちが私に言いました。

「大崎いいよね。足も速いし、幅跳びもうまいし、スキーも得意だし」
「本当に器用だね」

と。

人生で初めて「器用だ」と言われたのです。

小学生の頃からラグビーをやっていて足は少し速かったです。
大学4年間、ラグビーをやったのは小5年のパスがきっかけ

保育園の頃、おじいちゃんの前で前転を見せて
「体育の先生になる」と言われ、本気で目指しました。
教師になれなかった。でも教える人にはなれた。

運動は得意だったのです。

私が小さい頃から不器用だと思っていたのは「手先が不器用」だったのです。
「手先がうんと器用な」友だちは、私のことを「運動が」器用だと思っていてくれたのです。

できないことにフォーカスするから「不器用」
できることにフォーカスするから「器用」

だったのです。

「器用・不器用」はフォーカスするところで決まる

苦手なこと、なかなか上手くできないことに目を向ける(フォーカスする)から、不器用だと思ってしまいます。得意なこと、簡単にできちゃうことに目を向けるから、器用だと思うのではないでしょうか。

 

中学生の時に友だちから「器用だ」と言われて、「手先が不器用」なことはあまり気にならなくなりました。
(本当は、照明カバーのときのように、ときどき情けなくなるんですけどね)

友人の中でも、なんでもスッとこなす「超器用な」人もいます。
決して器用貧乏ではありません。
「天才と違うか!」と思うこともしばしば。

しかし、そんな人ばかりではありません。
私のように極端に手先が不器用ではないにしても、どこかそこか、苦手で不器用なところがあるのではないでしょうか。

どこから見ても不器用なのに、「オレは器用だ」と思っている鋼の心の持ち主もいますが……。
(ある意味、最強です)

多くの人は苦手分野と得意分野、不器用なところと器用なところを自覚しているのではないでしょうか。

すべてにおいて「器用」に越したことはないでしょうが、それも難しいものです。

ある分野が不器用でも落ち込むことなく、得意なこと(器用なこと)にも目を向けましょう。

 

********************
指導している中にもエクササイズテクニック
(トレーニングをする技術)が不器用な生徒や学生がいます。
はじめてすることや、少し変化させたことをやると不器用さが出ます。
しかし時間をかけて学習をすれば形になってきます。

なかなか「器用」まではいかないのですが、「そこそこ」できるようになっていくのはトレーニングコーチとしての喜びの一つです。

 

 

【編集後記】

昨日から引き続き大阪。
チェックアウト(会員は12時)ギリギリまで部屋で
作業をしていたのですが、まったくできませんでした。
荷物を預け、12時頃からは、天王寺から難波にかけてぶらぶら。
気温が高く、日差しも強かったですが、日陰を歩くと
気温の高さはあまり感じませんでした。暑いとはいえ秋なんですね。
夕方のサンダーバードで帰ってきました。
2週間後また大阪です。

 

【昨日のOnce a day】一日一回新しいことを

・コングレコンベンションセンターホール
(グランフロント大阪北館)
・新梅田食堂街 はちきん

 

 

おしらせ 2  
タイトルとURLをコピーしました