2つの質問「子どもの頃、どんな運動していた?運動神経はよかった?」

トレーニングコーチの仕事をしていると、友人に「子ともの頃、運動神経はよかった?」
「子どもの頃、どんなスポーツをしていた?」
と、2つのことをよく聞かれます。私の小学生の頃のことを思い出してみました。

室内テニスコートにて

 

 

小学校低学年の子ども

私の世代や、もう少し下の世代の友だちの多くは、ちょうど自分の子どもが小学校低学年です。自分の子どもが「どんな運動をするのか」「運動をさせたい。子どもはどんな運動をはじめるのだろう」と気になっています。

 

友人や、後輩の多くは運動経験があり、子どもの頃からスポーツをしていました。
競技種目やレベルはそれぞれですが、運動好きが多いのです。

友人たちの多くは、子どもが小学生または、上の子は大きいのだけれども、下の子がまだ小学生という父親です。
そんな年齢的です。

自分のやっていたスポーツを子どもがやってくれればとてもうれしいものです。
競技のこともよくわかるので、安心して楽しめます。

しかし困っているのが、まだスポーツを始めていない子どもがいる父親です。

運動を「する・しない」には、こだわっていないのでしょうが、できれば運動をやってほしいというのが本音なんでしょう。
そんな友人たちの多くは私に

「小学生頃、どんな運動していた?」

と質問をしてきます。

また運動をはじめているが、なかなか上手になれない子どものこと。
もしかして我が子は運動センスがないのではないのかと心配になる友人もいます。
そんな友人たちは

「子どもの頃、運動神経はよかった?」

と聞いてきます。

友人たちにも、自分が小学生だった頃の記憶や経験があるのでしょうが、他人の意見も参考にしたいのでしょう。
特に私は運動に関わる仕事をしているのでなおのことでしょう。

私は運動選手としては成功しませんでしたが、現在はトレーニングコーチという運動やスポーツに関わる仕事をしています。

私が小学生の頃はどうだったか思い出してみました。

小さい頃、前転をほめられたのが、先生を目指したきっかけ

保育園の頃でしょうか、母の実家で「でんぐり返し」(前転)と側転をおじいちゃんの前で披露しました。おじいちゃんはとても褒めてくれて「うまい。体育の先生になれるよ」
と言ってくれたのを覚えています。
その言葉を真に受けて「体育の先生」を目指すようになりました。
そして運動が得意なんだと思うようになりました。

 

・バットやボール、ラケットや、スキー板など「道具」をうまく扱う
・走ったり、跳んだり、まわったりなど「カラダ」をうまく扱う

どちらを運動神経がいいというのかは、わかりませんが、私は祖父に褒められたようにカラダを扱うことはじょうずでした。
保育園の頃から前転や側転は得意でしたし、中学生になるころには、バク転やバク中ができました。

☆「バク転」手をついて後方に1回転
「バク中」手をつかずに後方に1回転

友だちの背中を飛ぶ馬跳びも、2人が持ったゴムを飛ぶゴム跳びも得意でした。
走るのも水泳をするのも大好きでしたし友だちよりも速く走る・泳ぐができました。

どちらかというと道具を使う運動よりも、カラダだけを使う運動は得意だったようです。

道具を使う運動は苦手

カラダを使う運動は得意でしたが、道具を使う運動は苦手でした。

 

ドッチボールや縄跳び、野球やサッカーなどは好きでしたが、上手さは中の上といった感じでした。

特に苦手で下手だったのはラケットを使う運動でした。
金沢市内の体育館に家族でときどき行って、運動をしていました。

家族でやる卓球とバトミントンはあまりうまくはありませんでした。
父や2学年下の弟に負けてばかりでした。
ボウリングにも行きましたが、家族の中では一番下手でした。

道具を扱う器用さはありませんでした。

しかし、不思議なものです。大人になって力をいれたのは

・スキーやスノーボード
・ラグビー(大学時代)

道具と、ボールを使う運動でした。

3種目とも、その運動にかけた時間の割にはあまり上達しなかったのは子どもの頃からあった「不器用さ」だったのかもしれません。

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質問を受けたらこのように、話しています。
小学生の頃は、運動神経はよかったですが、道具を扱う器用さはありませんでした。

長距離を走るよりも短距離走が速かったですし、水泳も短距離は得意でしたが長距離はあまり泳げませんでした。

このような小学生でしたが、体育の授業は大好きでした。
体育でする運動は、うまい・へたに関わらず、楽しかったですし一生懸命やりました。

祖父に褒められたように、体育の先生になりたかったからなのかもしれません。

みなさんも小学生の頃やっていた運動を一度、思い出してみてください。

今もやっている運動や、今までやってきた運動の傾向が分かるかもしれません。

 

【編集後記】

終戦の日でした。私の父は、自分の父親の顔を写真でしか知りません。
フィリピンで戦死したからです。
今の日本はいろいろな問題があり、不安なこともありますが
戦争のない平和な国です。
感謝しなければいけないなと
この日をむかえるたびに思います。

 

【昨日のOnce a day】一日一回新しいことを

・特選 すきやき重

 

 

おしらせ 2  
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